2015.06.08更新
愛知縣護國神社
愛知縣護國神社
愛知縣護國神社(あいちけんごこくじんじゃ)は、愛知県名古屋市中区にある神社(護国神社)である。
戊辰戦争から第二次世界大戦までの愛知県関係の戦没者9万3千余柱を祀る。
明治元年(1868年)、尾張藩主徳川慶勝が、戊辰戦争で戦死した藩士ら25人の霊を、現在の名古屋市昭和区川名山に祀り、翌明治2年5月、「旌忠社」として祠を建てたのに始まる。明治8年に招魂社となり、明治34年(1901年)には官祭招魂社となった。大正7年(1918年)、城北練兵場(現在の名城公園内)に、更に昭和10年(1935年)には現在地に遷座、昭和14年に愛知縣護國神社に改称した。第二次世界大戦後「愛知神社」に改称していたが、昭和30年に元の社名に復した。
昭和10年遷座時の社殿は、昭和20年3月19日の空襲で一切を焼失した。昭和33年に本殿・拝殿等、昭和57年に社務所、平成10年に神門・舞殿・廻廊が再建された。