2017.01.13更新

阿蘇神社


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                   阿蘇神社

所在地 熊本県阿蘇市一の宮町宮地3083-1
位置 北緯32度56分52秒 東経131度06分57.5秒
主祭神 健磐龍命
阿蘇都比当ス
ほか10柱
社格 式内社名神大1社、小1社)
肥後国一宮
官幣大社
別表神社
創建 (伝)第7代孝霊天皇9年
例祭 7月28日

阿蘇神社(あそじんじゃ)は、熊本県阿蘇市にある神社式内社名神大社1社、小社1社)、肥後国一宮旧社格官幣大社で、現在は神社本庁別表神社
全国に約450社ある「阿蘇神社」の総本社である。古くは「阿蘓神社」とも表記された(現在も銘板が存在)。古代からの有力氏族である阿蘇氏が現在も大宮司を務め、現在の大宮司は阿蘇治隆である。
熊本県北東、阿蘇山の北麓に鎮座する。全国的にも珍しい横参道で、参道の南には阿蘇火口、北には国造神社が位置していると言われている。中世の戦国期に肥後中部で勢力を誇示していた阿蘇氏と縁の深い神社である。
孝霊天皇(第7代)9年6月、健磐龍命の子で、初代阿蘇国造に任じられた速瓶玉命(阿蘇都比古命)が、両親を祀ったのに始まると伝える。阿蘇神社大宮司を世襲しこの地方の一大勢力となっていた阿蘇氏は、速瓶玉命の子孫と称している。
国史では、「健磐竜命神」および「阿蘇比盗_」に対する神階奉叙の記事が見え、健磐竜命神は天安3年(859年)に正二位勲五等、阿蘇比盗_は貞観17年(875年)に従三位までそれぞれ昇叙された。
延長5年(927年)成立の『延喜式神名帳では肥後国阿蘇郡に「健磐龍命神社 名神大」および「阿蘇比盗_社」と記載され、健磐龍命神は名神大社に、阿蘇比盗_は式内小社に列している。
中世以降は肥後国一宮とされて崇敬を受け、広大な社領を有していたが、豊臣秀吉の九州征伐の際に社領を没収された。その後、改めて天正15年に300の社地が寄進され、さらに、領主となった加藤清正熊本藩主として入国した細川氏によって社領の寄進、社殿の造修が行われた。
1871年(明治4年)、近代社格制度において国幣中社に列し、1890年(明治23年)に官幣中社、1914年(大正3年)に官幣大社に昇格した。
2016年(平成28年)4月16日に発生した平成28年熊本地震により、楼門と拝殿が全壊、境内の3箇所の神殿も損壊した。