2014.08.01更新
飛騨国分寺
所在地
岐阜県高山市総和町1-83
位置
北緯36度8分36.06秒
東経137度15分13.3秒
山号
醫王山
宗派
高野山真言宗
本尊
薬師如来
坐像(国の重要文化財)
創建年
757年
(
天平勝宝
9年)頃
開基
行基
、
聖武天皇
(勅願)
札所等
飛騨三十三観音霊場
第一札所、
中部四十九薬師霊場
四十一札所
文化財
木造薬師如来坐像・木造聖観音菩薩立像・本堂・小烏丸の太刀(国の重要文化財)
塔跡(国の史跡)
木造阿弥陀如来坐像・木造不動明王立像・三重塔(岐阜県重要文化財)
公式HP
醫王山 飛騨国分寺
飛騨国分寺(ひだこくぶんじ)は、
岐阜県
高山市
にある
高野山
真言宗
の
寺院
である。山号は医王山(医は旧字体が正式)。
741年
(
天平
13年)、
聖武天皇
により
国分寺
建立の
詔
が発せられ、
757年
(
天平勝宝
9年)頃、
行基
によって建立されたという。
819年
(
弘仁
10年)、火災で焼失。
855年
(
斉衡
2年)ころ、再建される。
室町時代
に
本堂
が再建されるが、詳しい時期は不明である。七重塔(現
三重塔
)に再建記録とほぼ同じと推測すると、
応永
年間に焼失後再建され、
1585年
(
天正
13年)、
金森長近
が
姉小路頼綱
の
松倉城
を攻めたさいの兵火で焼失する。この後、再建と考えられる。
1615年
(
元和
元年)に三重塔が再建されるが、
1791年
(
寛政
3年)に暴風雨で倒壊。
1820年
(
文政
3年)再建されたのが現在の塔である。
1695年
(
元禄
8年)、
飛騨国
が
天領
となり、
高山城
が取り壊され、一部は飛騨国分寺に移築され、鐘楼門などに利用される。
医王殿