2017.04.12更新
仁明天皇皇后藤原沢子中尾陵
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藤原 沢子(ふじわら の たくし、生年不詳 -
承和
6年
6月30日
(
839年
8月12日
))は、
藤原総継
と
藤原数子
の娘で
仁明天皇
の
女御
。
光孝天皇
の生母。姉妹の
乙春
は
藤原長良
室となり、
基経
および
高子
を産む。
仁明天皇即位前からの妃で、夫が即位すると
天長
10年(
833年
)に女御になった。仁明天皇の寵愛は深く、
天長
5年(
828年
)に
宗康親王
、天長7年(
830年
)に時康親王(後の
光孝天皇
)、天長8年(
831年
)に
人康親王
を出産した。また
新子内親王
をもうけている。
従四位
下。承和6年(
839年
)4月、宮中でにわかに病となり、危篤となり車で里第に運ばれるも、そのまま6月30日に薨去。同年、
従三位
を追贈された。
元慶
8年(884年)に所生の時康親王が光孝天皇として即位すると、同年に
皇太后
を追贈された。
御陵は、中尾陵(京都市東山区今熊野宝蔵町)。