2015.07.24更新

西光寺

         壽老人


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      苅萱親子地蔵尊

所在地 長野県長野市北石堂町1398
位置 北緯36度38分49.1秒 東経138度11分15.1秒
山号 苅萱山
院号 寂照院
宗派 浄土宗
本尊 阿弥陀如来
創建年 鎌倉時代
開基 苅萱上人
正式名 苅萱山寂照院西光寺
札所等 善光寺七福神(第一番寿老人
文化財 親子地蔵(市指定文化財)
苅萱道心石童丸御親子御絵(無指定)
西光寺(さいこうじ)は、長野県長野市にある浄土宗の寺院。通称はかるかや山。山号は苅萱山。院号は寂照院。本尊阿弥陀如来[1]絵解きの寺として知られる。
謡曲、説教節などで広まった「苅萱伝説」ゆかりの寺である。伝承によれば、苅萱道心(寂照坊等阿とも)はもと筑前(福岡県)の領主で、俗名を加藤左衛門尉重氏といった。世の無常を感じた重氏は、出家して高野山に赴き、仏道修行に励む。苅萱の出家後に生まれた子である石童丸は、父を尋ねて高野山に行き、お互いに父子の名乗りをしないまま、苅萱を師として仏道に励んだ。親子の情愛を断ち切れなかった苅萱は、その後一人で信濃へ赴き、善光寺の近くに庵を営み、そこで没した。一人残された石童丸は、信濃の方角に紫の雲のたなびくのを見て、自らも信濃へ向かったという。西光寺に伝わる2体の地蔵菩薩像は「苅萱親子地蔵」と称され、苅萱道心と石童丸がそれぞれに刻んだものとされている。
1831年(天保2年)の善光寺本堂建立にあたっては、造営奉行で松代藩家老であった小山田平太夫が西光寺に滞在した。当寺の本堂も善光寺の資材を用いて建立されたという。