2015.12.21更新
平潟神社
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所在地
新潟県
長岡市
表町1-6-1
位置
北緯37度26分49.07秒
東経138度50分43.72秒
主祭神
健御名方富命
社格
等
旧県社
創建
不明
別名
智慶様(ちけんさま)、
平潟諏訪神社
平潟神社(ひらかたじんじゃ)は
新潟県
長岡市
にある
諏訪神社
。境内には
長岡空襲
犠牲者慰霊塔もある。旧社格は初め郷社、後に県社。『長岡市史』では平潟諏訪神社と表記されている。祭神 は
健御名方富命
。江戸時代の社領は40石。俗称は智慶(ちけん)様。
736年
、この辺りで疫病が流行ったころ、北陸を巡っていた
行基
が自作の
普賢菩薩
の仏像を奉納して祈念したという。なお『長岡市史』では創立年月日不詳とされる。
かつては長岡停車場付近にあり、
上杉謙信
及び
上杉景勝
の尊崇篤かったとされる。堀氏の築城計画の一環として現在地に移転した。
越後長岡藩
に牧野氏が移封した後は長岡藩の
祈願所
となる。
元禄
年中に藩命により
古志郡
高畑村の青木諏訪社が合祀され、
信濃国
の
諏訪本社
の取次となる。
明治
5年4月(
1872年
)に村社に列し、
大正
10年(
1921年
)に郷社、
昭和
3年(
1928年
)に県社に昇格する。
かつては
智慶院
という当山派
修験道
の
別当寺
を持ち、『長岡市史』刊行当時の社司である桃田氏の祖という。智慶院は長岡藩内の配下寺院19院の触頭であり、越後長岡藩より厚遇される。智慶(ちけん)様の呼称はこの別当寺が由来になっている。